有馬かなが「重曹ちゃん」と呼ばれる理由は、ルビーが「十秒で泣ける天才子役」を「重曹を舐める天才子役」と言い間違えたからです。本人が仕事で得た立派な肩書が、たった一言で掃除用品に化けてしまいました。
でも、この呼び名が長く愛されたのは語呂のよさだけではないはず。子役時代の栄光を引きずりながら、俳優でもアイドルでも何度も居場所を探すかなの姿が、あの妙に親しみやすいあだ名と重なるんです。
※この記事はアニメ第3期と原作漫画の最終話までの展開に触れます。重曹の由来だけ知りたい方は最初の見出しまでで止めてください。
「十秒」が「重曹」になるのもすごいのに、そのまま公式の本物のコラボ商品にまでなる。かな、持っているのか持っていないのか、最初から判断が難しい!
「重曹ちゃん」の由来はルビーの言い間違い|本当の異名は「十秒で泣ける天才子役」
かなの本来の肩書は「十秒で泣ける天才子役」。幼いアクアとルビーがかなに出会ったころ、ルビーがそれを「重曹を舐める天才子役」と取り違えます。重曹を舐める特技があるわけではありません。
「じゅうびょう」と「じゅうそう」、「なける」と「なめる」。音は近いのに、泣く演技への称賛が掃除用の粉を舐める話へ転落。かなが怒るのは当然です。なのに、言い間違いの完成度が高すぎて笑ってしまう。
かなの名を広めたのは、「十秒で泣ける天才子役」という演技への評価です。重曹の方が耳に残っても、元の肩書まで笑い話にしたくない。そこには子供のころの本物の仕事があります。
アニメ第2話では、言い間違いを受けたイメージの絵まで付いて、冗談の破壊力が上がりました。原作の言葉遊びから映像の笑いへ広がった点も、愛称が定着した大きな理由でしょう。
しかも公式は2023年4月1日、「重曹」イメージガール就任を発表。翌2日にはカネヨ石鹸との本物のコラボ商品も告知しました。冗談の翌日に仕事が来る、見事な二段落ちです。
アニメ公式のコラボ告知には、重曹を手に笑うかなの描き下ろしパッケージが案内されています。「元天才子役」の仕事が重曹の袋になるなんて、かな本人なら複雑でしょうが、ファンには忘れられない展開です。
作中では言い間違い、現実では商品化。呼び名が一人歩きしても、かな自身が画面の中心にいるから笑えるんですよね。
天才子役はなぜ仕事を失った?「使いやすい役者」へ変わったかなの意地
子役時代、かなには演技の力も人気もありました。ただ、強気な振る舞いで周囲を振り回し、成長すると仕事は減っていく。あれだけ名前を呼ばれた子が、呼ばれない現場を知る。それでも俳優をやめません。
高校生のかなは、自分の芝居を抑えて周囲を立てる「使いやすい役者」になりました。かつては真ん中を譲らなかった子です。今度は他人を輝かせるため、自分の光を引っ込める。その変わり方、痛いですよ。
「使いやすい」は才能が消えたという意味ではなく、才能を抑えて現場を成立させる技術でもあります。ただ、かなにはその技術が自分を小さくする癖にもなっていました。
『今日は甘口で』では、周囲に失望しながらも作品をよくしようと演じ続けます。アクアが現場の空気を変え、飲み込んでいた力を出す余地が生まれました。
アニメ第4話「役者」の公式紹介も、かなが作品をよくしようと懸命に演じ、アクアが現場を一変させる流れを示しています。ここを見返すと、彼女の悔しさとプロ意識が同時に伝わります。
さらに舞台『東京ブレイド』では、子供のころからかなに憧れた黒川あかねと同じ板の上に立ちます。自分の光を抑えるかなと、その光を知っているあかね。二人の競争は単なる「どちらが上手いか」では終わりません。
あかねから見れば、かなは憧れの人。かなから見れば、隠してきた力まで見抜く厄介な相手です。追われる側が自信をなくし、追う側が本気を出せと迫る。かなをそこまで見てくれる人がいるのが、うれしい。
かなとあかねの関係をたどると、憧れが挑戦へ変わるところまで見えてきます。かなを昔の肩書だけで測れなくなる節目です。
「元天才子役」で片づけるには、今のかなは仕事をしすぎています。子供のころの拍手より、苦い現場でも芝居を手放さなかった時間の方が胸に来る。
第4話のかなを漫画で読み返すと、相手に合わせる技術と、本当は前へ出たい気持ちのせめぎ合いが見えてきます。アクアの一手で空気が変わる前後を、ページの間ごと追いたい場面です。
「ピーマン体操」は黒歴史?歌声に残った子役時代と現在の落差
子役時代をもう一つ象徴するのが「ピーマン体操」。作中ではオリコン1位のヒット曲でも、当人には掘り返されたくない過去です。よりによってB小町のセンター決めで、その映像を見せられます。
「昔のヒット曲があるからセンター」では終わりません。かなは今の歌にも自信がなく、ルビーとMEMちょは逆にその実力を認めています。他人から見える才能と、本人の自己評価がずれている。
アニメ第9話には「ピーマン体操」と「Full moon…!」が並びます。前者で笑ったあと、後者の歌声を聴いてほしい。同じかなが歌っているのに、昔の看板と今の表現がまるで違う。笑顔で見終われません。
しかも、かな本人はピーマンが苦手。子供のころはそのピーマンを歌い、今は仲間に映像を見せられて赤面する。売れた曲が、本人の好みや今の歌声を教えてくれるとは限らないんです。
アニメ公式の楽曲情報では、「ピーマン体操」は有馬かな役の潘めぐみさんが歌い、作詞・作編曲はKijibatoさんと明記されています。「Full moon…!」も潘さんの歌唱で、作詞・作曲はJunPayerさんです。
かなは子役時代に「ピーマン体操」で知られながら、今は俳優の仕事もアイドル活動も続けています。恥ずかしい過去を消せないまま、別の歌い方を身につけてきた。その時間が一曲ずつに刻まれている感じがします。
ピーマン体操で笑った直後に「Full moon…!」を聴くと、かなの「昔はすごかった」を言いかけて飲み込む。いや、今もすごいじゃないか。
B小町の初ステージで何が変わった?「アンタの推しの子になってやる」まで
B小町のセンターでも不安は消えません。初ステージではルビーが客を沸かせ、MEMちょ目当ての客もいる。かな色の光は見えない。真ん中に立っているのに「自分の客はいない」と突きつけられる。これはきつい。
アニメ第11話「アイドル」の公式紹介も、観客を引きつけるルビーと、かなを応援する光がない客席を対照的に置いています。かなが勝手に落ち込んでいるだけ、とは言えない画面です。
そこへアクアがサイリウムを振る。見ている人はいる。その瞬間、かなは引き立て役でいるのをやめます。「アンタの推しの子になってやる」。誰かに選ばれるのを待たず、自分から視線を奪いにいく声です。
他人をよく見せるのがうまかったかなが、初ステージでは自分を見てほしいと願う。この反転が気持ちいい! B小町の一員として、ちゃんと自分の光も放つんです。
恋心とライブは重なります。でも、客席のアクアだけを見て終わる場面ではありません。ルビーとMEMちょに挟まれたセンターが、そこで初めて自分のためにも歌う。B小町の三人が、それぞれの光で並び立ちます。
客席の光がない、からの「あんたを振り向かせる」。かなの負けん気がやっと自分のために働く。ここで応援したくならないのは無理です。
ライブ後のアクアとかなの関係も気になりますよね。ただ、かながここで手にしたのは恋の約束ではなく、観客の前で自分を出せた感覚です。あの光を恋愛の結果だけで測るのは、もったいない。
初ステージを漫画で読み返すなら、かなが客席の光を見つける前後に注目してほしいです。小さくなっていた心が、あの一言で前へ跳ねる。見返すたび、こちらまで背筋が伸びます。
スキャンダルで「かわいそう」だけでは済まない|かなが負った責任とアクアの代償
仕事に焦るかなは、飲み会で映画監督・島政則と知り合い、マンションへ行くところを記者に撮られます。仕事が欲しい切実さと、アイドルとしての危うい判断がぶつかる。かばいたくても、ここでの選択まで消せません。
「枕営業をした」と断定もできません。かなの行動と、週刊誌が載せようとした見出しは別物。仕事を求めて動いた彼女が、記事だけで人物像を決められそうになるのが怖い。
かなは仲間へ撮られたことを謝ります。アクアは記事を止めるため、アイと双子の秘密を明かす道を選ぶ。かなを守る行動がルビーを傷つける。誰か一人を救って終わりにできません。
アニメ第31話「決裂」はかなの謝罪と、救うために痛みを伴う選択を問われるルビーを描きます。続く第32話「計画」では、アクアのリークが多くの人の心を傷つけたと示されます。
かなのスキャンダル記事は作中で公表を回避しています。「作中でかながスキャンダル炎上した」という説明と、読者の間で行動への賛否が出たことは別です。
かなの失敗を軽く扱いたくないし、彼女だけを責めて終えたくもない。仕事を求める俳優と、人前に立つアイドルの境目で足を踏み外したからこそ、彼女は自分の進路を選び直すことになります。
かな役の潘めぐみさんは、かなが周囲の想像以上に自分を低く見積もり、B小町での立ち位置やあかねの活躍に焦っていたと語っています。その言葉でこの時期を振り返ると、失敗の前に積もった不安が見える。
潘さんの第3期インタビューでは、かなが他人のために動くうちに自分を日陰へ隠してしまった、とも話しています。初ライブでようやく前へ出た彼女が、また居場所を疑う。そこがつらい。
かなへの批判が生まれた理由まで掘るなら、「嫌い」と言われる行動とその背景で別に考えられます。ここでは彼女を無条件にかばうより、何をしたかを見たうえで、その先を追いたいです。
「かなが助かってよかった」と言いかけて、ルビーの顔を思い出す。救済にきれいな拍手を送れないのが、この作品のきついところです。
B小町卒業と原作の結末|「重曹ちゃん」の先で有馬かなは何を選ぶ?
かなは原作第117話でB小町からの卒業を発表し、俳優へ重心を移します。
「もう歌えない」わけではありません。あの初ステージで光った人が、長く追った芝居を選ぶ。寂しいけれど、後ろ向きな逃走には見えないんです。
入るときはアクアの誘いが大きかったB小町。初ステージではそのアクアの視線に背中を押された。それでも卒業は、彼との恋の結果だけで決めるものではない。かな自身がどこで演じ続けたいかという話に戻ってきます。
ここで子役時代と線がつながります。注目を集め、仕事を失い、周囲に合わせ、アイドルでは再び前に出た。その末に俳優を選ぶ。昔の天才へ戻らず、今のかなで役を取りに行きます。
恋は望んだ形で実りません。それでも、かなの人生は続きます。
原作終盤にはアクアとの別れが待っています。でも恋の結末だけで測れば、かなが積んだ仕事と決断を見失います。
原作の最終・第166話まで読むと、かなは「誰かの推し」である前に、自分の足で進む俳優だと感じます。あの言い間違いから始めてここへ着くと、重曹ちゃんという呼び名も少し違う響きになります。
かなが最後に生きているのか、アクアとの別れがどう描かれたのかを詳しく追う場合は、有馬かなの生存と最終話の描写で整理しています。こちらでは「あだ名の向こうにいる俳優」を見届けたい。
重曹の袋で笑われた子が、最後は「何の役を演じるか」で見たくなる。かなに似合う応援の仕方も、物語の途中で変わっていきました。
子役のかな、初ステージのかな、卒業を決めるかな。漫画で続けて読むと、同じ「見てほしい」でも向かう先が変わるのが分かります。あだ名の由来を確かめた後こそ、表情の変化を追い直したくなる。
まとめ|「重曹ちゃん」は言い間違い、有馬かなを好きになる理由はその後にある
「重曹ちゃん」はルビーの言い間違い。それだけで終わらないのは、かなが笑われる役目に収まらなかったからです。失った仕事を取り戻そうとし、歌を笑われてもステージへ立ち、自分から光をつかみました。
軽いあだ名で親しまれても、かなが直面する失敗は軽くありません。だからこそ初ステージで顔を上げたときも、卒業を選んだときも、こちらの応援に力が入ります。
重曹ちゃん、と笑って呼べる。でも、次の役でかながどんな芝居をするのかは、本気で見たい。あの十秒の涙から、ずっと目が離せないんです。
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